嫌われるのが怖いから嫌われるようにブログ書いてる

これどう思われるんだろうな・・・
まあ書いてみます。

「基本的な人格っていつごろ出来上がるんだろう?」
とちょくちょく考えることがある。
仕事でもあるしこの出会いやる事で更に考えるようになった。

前にも書いた事あるんだけど
「18、19歳ぐらいでその人の基本的な人格が出来上がる」
と思ってる。
18,19歳ぐらいでその人の基本的な人格と言うか性格は出来上がると思うの。
人の対しての思いやりの部分も。

その後仕事する事で
「仕事に合わせた人格」
というのが徐々に出来上がる。
そんでこれは人によるけど
「相手の立場になって考える自分、自分を抑える自分」
というのが徐々に出来上がってくると思う。

訳わかんない事言うけど俺は他の人より
「パターン」
みたいなのは多い自負がある。
今で言えばエロブログ書いてる男。
このブログ書くに適した考え方を前面に出すイメージ。
仕事の俺とは違う人格。
とは言っても別人じゃないのよ。
基本的な部分はどの状況でも一緒。
ただ言い方や考え方の一部はかなり変えてる。

俺は新しい自分出来ると
「おもしれーな」
と思える男。
今までにない発想が出てきたり、今まで出来なかった事が出来るようになったりする。
ただ新しい自分作る時はいつも苦しみがある。

「自己否定」
がどうしても必要なのよ。
自分の中にある長年積み上げてきた大事な物や譲れないこだわりみたいなのを捨てなくてはいけない。
厳密に言うと捨てるのではなく
「心の中に両立させる」
という感覚。

葛藤が常に生まれるのよ。
頭の中に肯定と否定が常に両立する。

無理してやるもんじゃないのね。
さっき
「おもしれーな」
とは書いた。
そういう気持ちもあるにはあるが基本長く苦しい時間が必要。
「今の自分では出来ない、でも今は変わらなくてはいけない」
と心から落とし込んだ時にだけ出来る。

その上で
「どう思われてんのかな?」
とはこのブログ書いててよく思う。
俺ね・・・嫌われたくはないよ。
本音。
変な男と思われたくないし、嫌な男と思われたくはない。
常識ない男とも思われなくない。

さっき
「基本的な人格」
と書いた。
俺は基本的には
「嫌われたくはない」
と思う思考の人間。
うじうじしてるし文句も言いたくない。
びびりで臆病者なのよ。

これはね・・・治んなかった。
今に至るまで治らない。
びびりで臆病者で小心者の自分は治んない。
「変わんないな」
とはっきり思った。

そん時に思うのよ。
「もう俺は何も出来ないんだな」
と。
行動に対して不安覚えるし怖いのよ。
そうすると
「何もしない方がいい」
となる。
そんでそん時に思うの。
「何もしない人生になってしまう」
と。

原動力は
「死ぬ瞬間に後悔したくない」
と言う気持ち。
後で
「あれやっておけばよかった」
とは思いたくない。
その気持ちはおそらく他の人よりも遥に遥に強いと思う。

すると考える。
「このままじゃあっというまに人生終わってしまう」
「若い時間は限られてる」
「人生は有限」
などなど・・・・

でもやっぱり怖いのよ。
世間一般の常識に合わせていれば波風立たない。
「そっちの方がいい」
と思う事は・・・・多々ある笑。

結局のところだけど
「一部ぶっ飛んだ考え」
「それ以外は固い考えの人間」
という風になっていった。
ちなみにこの出会いは
「一部ぶっ飛んだ考え」
になる。

常識的な回答、当たり前の考えって目立たないのよ。
ほとんどの人から
「うん、いいんじゃない」
とはなるけど記憶にも残らない人になる。
逆に多少反発があるけど一部の人からは選ばれるような人の方が特別な印象になる。
いわゆる
「個性」
ってやつだね。

俺の個性の一つは
「Sの性癖」
だと思った。
(ただコンプレックスだったのよ。
恥の部分だった)

初めてブログ書く時本当に怖かったし自己嫌悪感が酷かった。
「こんなこと書いていいのか?」
「大丈夫なのか?」
「確実に嫌われるだろうな」
などなど・・・

「自ら嫌われに行く」
という方法取ったのよ。
だって首絞めだよ、髪掴んで振り回すだよ・・・・
DV男でしょ。
それを自ら率先して書いていく。

万人受け出来るようなブログ書く自信はなかった。
そもそも俺の性癖は特殊。
いたとしても合う人はかなり限られてる。

でも書くしかないな、と思った。
と言うのも俺の性癖隠した上で仲良くなった人がいて
「実は暴力系の性癖あるんだよね・・・」
と女性にもし言った時に
「えっ?」
と言われた時の顔が本当に引いてるような顔してたら・・・と思うとそっちの方がはるかに辛かった。
騙してるような気分にもなるだろうしね。
それは嫌だった。

それよりはまだ記事で
「ほとんどの人から嫌われていくブログ」
の方が良いかな、と思った。
ブログ読むのは強制なんかしてないし、読む読まないはその本人次第。
気に入らなければ読まなきゃいいだけだし。

心苦しさは常にあるのよ。
「肯定と否定」
が常に頭の中にある。
その気持ちを毎回乗り越えてブログ書く。

「魂込めてる」
と時々書いてるけど魂こめてる自負はあるよ。
気楽には書いてない。
気楽に書いてるようには見せる意識はかなりしてるけど、本当は違う。

でもおそらくだけどほとんどの人は
「楽しそうに気楽そうにこのエロブログ書いてる」
と思ってると思う。
それでいいのはいいのよ。
そういう風に思ってもらえるように書いてたし。

「嫌われるのを恐れるな」
とか
「気にするな」
とか言われる人いると思う。
俺自身も昔よく言われた。
そしてどうしていいかわからなくて委縮してた。

俺の考えだけど
「嫌われるの恐れてもいいと思う」
「気にするのは当たり前」
でいいと思うの。
ただ
「どうしてもしなくてはいけない時」
とか
「自分自身が決めた道」
などの時は
「行動するしかないでしょ」
とは思うし実際に言う。

そん時の俺の言葉は重いと思うの。
気にしないタイプの人からのアドバイスじゃない。
そういう人相手だと
「あなたのような人にはわからないでしょ」
と心の中で反発する部分が出てくる。
そうすると人は言う事聞かない。
表面上だけですませる。

俺の場合は
「この人臆病者なんだな」
というのがわかるのね。
弱い心なのよ。
弱い心から強い心に無理やり見せてるの。
「目線が下」
なのよ。
そうなるまでにどういう過程、心の動き、失敗経験、落ち込んで這い上がったか、というのが色々話せる。

もう一度書くけど
「嫌われるの恐れてもいいと思う」
「気にするのは当たり前」
でいいと思うの。
元々ある基本的な人格部分ってやっぱり治んないよ。
そのかわり
「強く見せるような上書きは出来る」
とは思ってる。
苦しい道のりだけどね。

ブログ初めて書いたころの事を最近思い出すようにしてます。
言い方よくないけど
「もうどうでもいいや」
と思った。
「もう自分が思うように突っ走ろう」
とも思った。
そんで
「会ってくれる人以外の全員に嫌われてもいいや」
とも思った。

100%は思えないよ。
でもこういう言葉を口に出して言う事で自分の弱い部分を一時的に隠す。
そんでしばらくするとまた弱い気持ちが出てきて
「なんで俺こんな事やってんだろう」
とはなる。

俺の場合はだけど目的がはっきりしてたの。
強い意志があった。
何度も何度もぶれるけど、思いに対する軸が強かったからこの出会い続いた。

「エロい出会いやったほうがいい」
ではないよ笑。
俺はたまたまこういうケースだったけど、もし自分なりに進む道があったとする。
なかなか決断できないと思う。
途中でぶれる時あると思う。
「いいのかな?」と不安になる時なんかしょっちゅう。

俺の経験上の話ではあるけど
「なんだかんだで行動する男」
になった時から人の目が変わりました。
男、女含めて頼られるようになった。
嫌われるかと思ったら・・・逆な事が多かった。

今回の話題書こうと思ったのは自分自身に対してです。
ここ最近自分の話題書いてる。
主に昔話であり俺の深い思考部分。

「これだすのどうなんだろ?」
とはずっと思ってた。
それよりは求められそうなエロの話題書いてる方がいいかな、とも思ってた。
俺の深い部分出して嫌われるのは怖いな、とも思ってた。

でも最近は
「出していこうかな」
と思ってる。
ブログ最初に書いたころの様な気持ちを思い出してね。
「嫌われてやる!」
という強い気持ちを。

改めてだけど俺は40代で既婚者。
セックス前提の出会いを求めてる男です。
女性から嫌われる条件提示して上で出会いを求めてます。

自分の中の考えだと
「こんな条件じゃ無理だろ」
とはいつも思う。
「ほとんどの女性から嫌われる」
と思うとやっぱりへこむしね。
でもそれは俺の判断。
決めるのは俺じゃないのよ。
読んでくれる女の子なのね。

俺が可能性0にしてブログ辞めたら0になる。
でも書いてる限り0にはならない。

ほんの、ほんの少しの人が俺の事気に入ってくれて楽しいエッチ出来れば成立する出会いでもあるの。
そういう人に届いてくれればな、と思いながらブログ書いてます。