なんだかんだで猫好きな男だよ(愛すべきバカ猫笑)

ここ何日か色々と俺の事を書いてる。
この話題もせっかくだから書く。

なんだかんだで俺は猫好きです。
「なんだかんだ」
とあえて書いてるのは、過去に山ほどいじめてきたから笑。
それと今までなんで猫の話を書かなかったかと言うと理由は2つ。
・猫の話を書いて俺の好感度を上げたくなかった
・昨年猫が亡くなっちゃったから
が理由ね。
正直思い出してこういう風に書こうとすると辛いし、心が痛い。

最初の理由についてだけど、俺はこのブログ書くにあたって自分なりのこだわりがあるのね。
色々あるんだけどその中の一つに
「卑怯な手は使いたくない」
というのがある。
ここは読んでる人のそれぞれの思いに任せるけど、なんか昔から
「ペットかわいがってます」
みたいなのをアピールする奴が嫌い笑。
「自分に何もないからってペットでアピールするんじゃねえよ」
というちっちゃい人間の気持ちを持ってる笑。
それに
「ペット飼ってる」
というと
「動物好き」
みたいなイメージで好感度上がることの方が多いでしょ。
・・・あくまでも俺の意見だけど、そういうの嫌なのね。
たぶんこのブログで登場してるのは介護の話の時だけだと思う。

女性に向けて書いてるブログで
「猫好きです」
みたいなアピールはしたくなかったのね。
そういうのに頼りたくもなかったし、なんか道具に使ってるみたいで猫にも申し訳なくてね・・・
俺のこだわりだったんだけど書かなかった理由の一つ。

そんでもう一つが書いたように昨年亡くなっちゃったのよ・・・
もう1年以上たつ。
このブログ始めた時はにゃーにゃー言ってたんだけどね・・・
まあ・・・寂しいわね・・・
辛いのもあったしこのブログには書きたいとも思わなかった。
でも1点だけちょい猫の名残を入れてる。
このブログのトップページの右上に猫の絵があるでしょ。
ネットで探してきたイラストなんだけどね。
白黒の猫だったから気持ち少し似てる。
「これくらいならいいかな」
と思ってイラスト入れた。
「俺を応援してくれな」
という意味合いね。

そんで今回書こうと思ったのはここ最近少し前よりも進みたくなったの。
今までのこだわりも大事だけど、変えていくのも必要。
そういうのもあって今回の内容書こうと思った。
猫との歴史踏まえてね笑。

俺は人生で20数年以上猫と暮らしてる。
最初は実家の猫。
俺が小学生の時に拾ってきた。
その1年後子供連れの別の猫が実家の裏に住み着いて、その母親猫も飼うことになった。
(子供は他の家に貰われていった、親が残っちゃって可哀想だから飼うことにした、みたいな感じね)

最初は俺は猫アレルギーだったのよ。
猫が近くにいると目と目の周りが真っ赤に腫れあがる。
でも面白いもんで慣れてくるのね。
人にもよるだろうけど、俺は強引な療法で猫に慣れた笑。

10数年かな・・・
猫飼っていてずっと一緒にいたんだが、その頃両親が離婚になる。
俺は母についていった。
その猫は相手側。
それ以来見ていない、仕方ないけど悲しい別れ方した。

もう一つついでに書くと俺が生まれてから小学低学年までは犬を飼っていたのね。
だから犬も結構好きだよ。

その後母と暮らすことになった。
数年した時のある日、俺が仕事休みで部屋でマンガ本読んでごろごろしてたら
「み~~~み~~~」
と部屋の外から音が聞こえる。
マンションだから基本的に生き物の声はしない。
そしたらその声がだんだんと大きくなる。
その後ドアが開いて、母が家に帰ってきた。
段ボールの中にいる子猫を連れてね。
そんで母が
「猫飼うから」
と言った。

この猫を見つけた経緯が面白いのよ。
当時弟が彼女いて、何回か家にも来てた。
既に顔見しりね。
そんで弟の彼女が犬の散歩してたらしい。
散歩してる最中に段ボールに捨てられてた子猫を見つけた。
可哀想だと思い、
「誰か飼ってくれる人いないかな?」
と最初に思ったのが彼氏のお母さん。
電話したら母も乗り気のようで、すぐにそこまでいって持ち帰ったらしい。
(ある意味誘拐だわね笑)

そんでさ・・・猫を拾った経緯は弟の彼女でしょ。
その後別れてたら、うちの猫は
「弟の元カノが拾った猫」
になるとこだったのね笑。
まあ、その後弟たちは結婚して子供出来てるからその心配はなかったんだが・・・笑。

既に俺も母も猫は飼ったことある人たち。
でも
「マンションでの室内猫」
のパターンは初めてだった。
最初は正直可哀想でね・・・
外に出せないからこの猫はずっとマンションの中で人生終えなくちゃいけない。
そこについては猫に悪いな・・・とよく思った。
でもしばらく飼ってると猫がのんびり生きてるの見てると、
「こういう人生も悪くないんだろうな」
と思うようになった。
実家の猫は外に出るの自由。
そのかわりノミが多くてね・・・
室内猫だとそういう心配はなかった。

順調に大きくなっていった。
そんでこっからは酷い話書くぞ笑。
俺の猫への虐待の歴史笑。
俺は思うんだけど、猫を一言で説明するのなら
「バカ」
なのね笑。
通算で20年以上一緒に過ごしたけど、いつもその答えにたどり着く。

猫に対しては色んな事したよ。
・ひげ引っ張る
・耳引っ張る
・猫掴みしてぶら~んとぶらさげる
は序の口。
・猫の腕持って転ばせて抑え込んで柔道の一本やる笑
・ビニール袋の中にいれて、持つところを回転してねじってビニール袋を回転させて目をまわらせる笑

・・・文字で書くと危ないな・・・
まあ他にも数えきれないくらい色んな事しました笑。
だからあんまり俺の所寄ってこなかったのね。
母の方にいつも寄り添ってた。

状況が変わったのは、母が倒れた時。
家には俺と猫しかいなくなった。
そこからなんだよね・・・なんとも言えない関係になったのわ。
猫も俺も寂しい同志。
家にいる時はいつも猫がくっついてまわるようになった。
それと俺と猫だけどだ・・・いじめられなくなるのよ。
1対1だと猫からすると俺しかいない。
それにあの頃は仕事で朝7時に出て夜12時位が多かった。
帰るとさ・・・いつも玄関に出てくるのよ。
そんで俺が座ると凄い勢いで鼻をすり寄せて、顔を舐めてくる。
猫もずっと1匹で家にいるしね・・・
かわいそうだったな・・・

しばらくして母が家に帰ることになった。
この辺の介護の話は何にも書いてないわね。
右手右足麻痺、失語、字が書けない状態になってたのね。
まあ・・・大変・・・というレベルの話じゃないし、その話すると長くなりすぎるし、俺がいまだに辛い。
その辺は省く。
なんで書いたかと言うとさ・・・母からすると猫が救いだったのよ。
猫ってね、人間が病気だろうと関係ないの。
良くも悪くも今まで通り接する。
そんで母はずっと家にいる生活。
その中でいつも猫は母が座ってるソファーの隣、または母の膝の上にいた・・・
変な話だけどさ・・・感謝だったよ。
追いつめられてる俺の数少ない助かったことだった・・・

母が亡くなっちゃってね・・・
俺はだめになった。
そん時もさ・・・猫はいつも俺の隣にいた。
1番辛い時期を見てるのは実はこの猫なのね。
まあ・・・なんの記憶もないだろうけどさ笑。

猫ってさ・・・面白いし、癒されるのも事実。
でも結構邪魔だし、悪いことばかりするのね笑。
俺が一日いる時とかは23時間ぐらいくっついてたりするのよ。
トイレにまでくっていてくるの笑。
「お~~~まえはじゃまだっつ~~~の」
と何回言ったかな笑。
あと何回言ってもわかんないのが
「俺のふとんの真ん中で寝る」
という超自己中な技笑。
ふとんのど真ん中で寝るのよ。
寝る前に毎回どかすんだけど、俺が起きると猫がふとんの真ん中にいて、俺がふとんからはみでてたりする。
最悪でしょ笑。

後はよく起こった事件としては
「イカの無断食い」
「エサ(カリカリ)の新品をくいちぎる」
とかね笑。
イカが好きでさ、ちょくちょく買ってあげたりしてたんだけど、時々買ってテーブルとかに置き忘れたりする。
すると夜中ガサガサ音がするのね。
「なんだ」
と思ってリビング行くと、イカのビニールを食い破って悪そうに食ってるのよ。
(本当に悪そうな顔して食ってるの笑)
カリカリ(食べるとカリカリする猫の餌ね)もそう。
ちゃんと餌箱に入れてるのにさ・・・
あのバカは、新品の方を食い破って悪そうに食ってるのね笑。
何回も何回も同じことしてたけど・・・
なんか
「スリルが味をおいしくさせるのかな」
と思った。
そんでね、俺は見つけた時は怒ってた。
「な~にやってんだ!」
と言う。
(このまま言うよ、猫相手でもね)
するとこっちみて固まるのよ。
そして逃げる笑。
それをとっつかまえて腹を持って持ち上げて
「これおまえがやったんだろ!」
とまず説教。
こういう時の猫は頭いいのよ。
目線を合わせずに下向いてるの。
あからさまな
「反省してるフリ」
ね。
そんで反省してないのがわかるから、頭を20発くらい平手でたたく。
叩かれてる時はおとなしいよ、というよりは逆らえない感じ。
あとは悪いことしてる自覚はあるみたい。
終わると床に降ろすと逃げていく。
ただ面白いのがね、2時間ぐらいするとまた寄ってくるのよ。
そんでその後はしばらくやらなくなる。
しばらくするとまた同じことするんだけどね笑。

今から2年前くらいかな・・・
俺の布団の中で一緒に寝てたんだけど、起きたら布団の中から
「にゃ~~」
と苦しそうな泣き声してる。
その後布団からごそごそ出てくるんだけどさ・・・
よく見ると両足が動いていないのね。
「これはやばい」
と思った。
どう見ても大変な状況。
獣医のとこに行くしか方法はないから、動物病院に電話してすぐに連れてった。

ただね・・・この猫は家の外出たことない猫。
前に家の外出たのはその動物病院に去勢しに行った時。
(この猫はオスね、去勢も可哀想だったけど生まれて1年後くらいに凄い暴れるようになっちゃってね・・・)
それ以来の事だから、凄い泣いてた。
これは辛かったな・・・
たぶん
「捨てられる」
と思ったんだと思う。
車乗っけるまでと車乗っけてからも
「ごめんな・・・ごめんな・・・絶対見捨てないからな・・・」
と言い続けてたのは覚えてる。

病院で診断して貰ったんだが、正式な答えはわかんなかった。
「腰をぶつけた、または血液の流れが悪い、正式には大学病院レベルの検査しないと町医者じゃわかんない」
との事。
とりあえず飲み薬(血の巡りをよくする薬)だけもらって家に帰った。
その後がさ・・・可哀想でね・・・
過呼吸になっちゃったのよ。
猫は基本鼻で息する生き物。
口を開けて呼吸はしないのだが・・・口を大きくあけて過呼吸になっちゃってる。
理由は
「外に出たから」
なのね。
精神的ショックが大きかったんだと思う。
しばらくして落ち着いたんだが、足は動かないまんま。
でもね・・・この猫偉かったの。
足が動かないのにさ・・・前足のみを使ってトイレまで自分で行こうとするのよ。
猫用のトイレは段差がある。
そこをはいつくばってさ・・・そんで下半身に上手く力入んないんだろうね、おしっこも泣きながらしてるの。
正直・・・かなり感動した。
このバカ猫の習慣と言うか、生きる力と言うか、自分の事は自分でやる、というかね・・・
涙出たよ。
本当に偉かった。

ただこの後この猫がよくなるかはわかんない。
足が動かないと今後必要なのは介護。
複雑でね・・・
ちょい書くけど、俺の祖母も脳梗塞で右麻痺だったのね、そんで母も同じ。
母の姉に関しては糖尿病で両足切ってる。
祖母が亡くなった時は俺が看取った。
母が介護の状態だったからね・・・
その後葬式の喪主は俺がやった。
葬式終わった直後に母の姉が糖尿病悪化して足切る診断くらう
(同じにね)
母の姉は身内がいない、その対応するのは俺しかいない。
母と母の姉はまた色々と人間関係の問題がある、でも情もある、今の母では何もできない・・・
前に書いたかな・・・
「負の連鎖は俺が止める」
というのが俺の生きる存在意義だったのね。
結果で言うと止めたよ。
必死だった、
「何があろうとやる」
としか思ってないし、その選択肢しかない頃ね。
親戚から嫌がらせも受けたし、宗教関連で大変な目にもあったが・・・
まあ・・・やったよ。
詳しくは書かないようにするね。
複雑な事ばっかりなの。

話ずれたね。
人を助ける大変さは身に染みてる。
でも今回は
「猫」
俺はよく猫に対して
「お前は非常食だからな」
と言ってたのね笑。
猫も
「にゃ~~~」
と言うし笑。
(俺の中では了承してる、と思ってる笑)

生々しい現実の話するけど、俺はさ・・・動物の基準て
「人間のエゴ」
だと思ってるところも多いのね。
犬や猫が苦しんでる、助けてあげないと可哀想・・・はある意味普通の考え。
でも
「牛や豚や鳥が死ぬのは?」
となるとさ・・・
俺牛も豚も鳥も好きだよ。
肉としてね。
そんで俺は牛や鳥や豚が死ぬところ見ていない。
「人間が勝手に決めたルール」
だとも思うのよ。
猫は食べちゃ駄目、でも牛はおいしいし栄養あるから殺して食べてもいい、
という人間基準の考えね。
そんで俺は肉が好き。
だとすると動物である
「猫」
はいらなくなったら殺してしまえばいい・・・という考えもなくはないの。
だって
「猫を食べた方がいい時代」
だったら豚や牛のように食べるべきでしょ。
(ちょくちょく書いてるけど俺はいい人ではないよ)

そういう考えも持ってるのね。
その上でこの足が動かなくなってる猫を見た。
素直な意見なんだけどさ・・・
「絶対に捨てないで助けてやろう」
と思ったの。
綺麗事じゃなく、その先の大変な状況も考えて覚悟したうえでね。
情があるのよ・・・この猫にさ・・・
それが俺の嘘偽りない感情だった。
この猫食べたら・・・俺自己嫌悪どころじゃなくなっちまう、とも思ったしね笑。

ただこの猫は1、2週間して少しずつ良くなったのよ。
よちよち歩けるようになって、1か月くらいするとふらふらしながら歩けるようになった。
トイレに行けるようになったのが現実的には助かったね。
そのかわりもうジャンプは出来なくなっちゃったけどね。

その後の猫は意外と元気だった。
家でゴロゴロして、俺が横になってると胸の上に乗って、鼻をぶつけてくる。
(鼻をぶつけられるの痛いのよ笑、「ゴン」とヘッドバットのようにぶつけてくる)

その頃からかな・・・
「長くはないだろうな・・・」
と思ったのね。
なんとなくだけど、体が弱い感じがある猫だったし。
それと
「家で死なせてあげたい」
と思った。
例え苦しんだとしても、猫の立場からすればたぶん知らない所に連れていかれるよりは、ずっと育ったこの家の方がいいと思ってね・・・

缶詰系の餌をこのころから毎日あげるようにしたのよ。
今まではロクにあげてなかったから、いつも嬉しそうに食っててね・・・
そんでさ・・・嘘くさいんだけど
「お座り」
を覚えたの。
あのくそバカ猫がね笑。
厳密に言うと缶詰系の餌をあげる時に皿にのせる。
あげる前に猫はわかるようになっててさ、皿の前でちゃんとお座りするのよ。
あれには正直びびった。

そんで去年ね。
いきなり体調が悪くなった。
飯も食えない、水も飲めない、そんでトイレにもいけなくて、おしっこ漏らしちゃうのね。
足が動かない時でさえ自分でトイレに行こうとした猫がおしっこ漏らしちゃうのは・・・可哀想でね・・・
俺のふとんにいることが多かったんだけど、俺のふとんはおしっこまみれになった。
匂うけど・・・しかたないよな・・・

5日間苦しんでた。
その間仕事もいかずにずっと猫の近くにいた。
寝るときに苦しそうな猫が寄ってきてね・・・腕枕してあげた。
腕痛かったけど・・・動かせなかったな・・・

5日目になると俺も疲れてきた。
どこも行ってないし、少しは気分転換が必要。
ここからは嘘だと思ってもいいよ。
俺が出かけようとしたのね、そんで洗面台の前で準備してた。
もう出かける寸前ね。
そしたら
「にゃ~~」
と今までに聞いたことがない、懇願するような声で泣いたの。
初めて聞いた。
この5日間の苦しんでる時はどっちかというと殺気だった声。
苦しいから仕方ない。
でもこの時は声質が全然違ったの。
そんで猫の方に行った。
不謹慎だけどそのまま書くよ。
俺がね
「どうした?死ぬのか?」
と猫に言ったの、ちょい笑顔でね。
そして背中を優しく触った、その後ゆっくり撫でてあげた。
数分後くらいかな・・・
最後大きな呼吸して・・・亡くなったのよ・・・

俺の勝手な都合なんだけどさ・・・死ぬ時に触れてあげられた。
たぶんだけど・・・そこまで寂しくなかったんじゃないかな・・・と思う。
俺も猫も寂しがり屋だったしね。
それと
「マンションで飼う」
と決めた時点で猫に対して責任あると思ってた。
途中で飽きたから捨てるなんてことは出来ないし、母がいない今は俺が最後まで責任負わなくちゃいけない。
猫も病気で苦しそうだったし、苦しかったと思う。
でも・・・精神的にはそこまでストレス感じてなかったんじゃないのかな・・・と思う。
後は母も心配だったと思うのね、猫に対して。
心配かけちゃいけない、と思う気持ちも強かった。

数日後火葬にするんだけど・・・
やっぱりその時が1番辛いね・・・
火葬にする直前の最後はやっぱり崩れちゃう・・・
涙出てきた・・・

この猫には特別な思いがあります。
俺の大事な時期にいつもいたバカ猫。
邪魔な時も多々あるし、いじめたし、いっぱい撫でたし、いつも一緒にいた。
母との思い出も大きいしね・・・
介護してる時の不思議な関係でもあった。

猫は10年ちょい生きました。
そんなに長くはない方だと思う。
あくびしてる時は毎回指入れたし笑、胸の上に乗る時はいつも両ひげ引っ張って笑ってた笑・・・でも逃げないんだよね・・・

それとね・・・猫が死ぬ前までに俺が生きれたことは良かったと思うの。
「見届けないといけない」
と俺が勝手に決めてた俺の人生でやらなくてはいけないことの一つ。

寂しいっちゃ・・・寂しいわね・・・
情けないけどね・・・

生きてる時にさ、どう生きるかは大事だと思うの。
一生懸命生きるって大事だと思うのね。
猫も一生懸命だったよ、さすが母に育てられたことはある笑。

結構長く書いたな・・・
改めて書くけど俺は
「なんだかんだで猫好きな男」
だと思う・・・
皆がどう思うかは知らないが笑。

0000。
(猫の名前ね、名前は書かない)
お前の記憶はちゃんと俺が生きてる限り覚えておくからな。

「愛すべきバカ猫」
とよく言ってたな・・・。
うん・・・その通りだ笑。